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教師の「駆け込み退職」

警察官も教師も“金の切れ目が…” 退職金減額前「駆け込み辞職願」乱発(1/2ページ) - MSN産経west

退職金が減額されるのを受けて、定年退職を控えた公務員の一部で2月に早期退職する人達がいること、特に教師、警察官の退職に批判が集まっているらしい。

最初に書いちゃいますが、義理の父が元教師ですし、友人にも結構教師は多いのですが、私は基本的には教師が嫌いです。
必要な仕事、大変な仕事だとは思いますが、最低限の仕事すらしていない無責任な人も少なくありません。聖職でござい、と偉そうに教室に君臨していても、私がいじめを受けていた時に、何一つしてはくれませんでした。
勿論このことだけではありませんが、一事が万事というのが、私の観察結果。

そんな私ですが、マスコミは教師や警官を叩いていますが、そりゃ違うだろう、と思ってます。

「教師は聖職なのにお金にこだわって」という人がいますが、
そもそも職種によって、聖とか俗とかあるのはおかしいでしょう。職種で「聖職」と言っていいのは、坊さんとか神父さん・牧師さんの類だけ。それも「聖なる職業」という「性質」を表す意味ではなく、「事務職」とか「接客業」とか職業の「種類」を表すもの、「宗教家」とかの別称程度。ましてや自分で「聖職(聖なる職業)」と言っちゃうなんて笑止千万。
そりゃ教師の中にも立派な方もいらっしゃいますが、殺されたって尊敬してやらないという奴だって同時にいる。つまり「聖」は、「職種」に付くべきではなく「人」に付くべきことです。どうして教師を「聖職」と呼ぶようになったのかわかりませんが、もしきっかけが新田次郎の小説だったならば、まさに「立派な教師」を「聖職」と呼んだだけのことで、「教師一般」を呼んだのではないことは明らかです。

神様でも仏様でもない教師は、お金を稼いで生活しないといけません。金を稼ぐことを無闇と非難する人がいますが、そんな方はカスミでも食って暮らしている仙人に違いありません。勿論、犯罪の類は別として、普通に働いて普通に金を稼ぐことをとやかく言われる筋合いはありませんし、今回のケースが犯罪の類でないことは明らかです。

警察官批判に至っては、ますます意味不明。年度末に合わせないといけない理由がわからない。
チンピラの担任警官は3月で切り替わる、という制度でもあるんだろうか?
それとも、警官は多少給料をもらえなくても街のために無私の奉仕をすべきだ、とでも言うのだろうか?そうそう、そうやって警官の給料を低く抑えた結果、悪いことを率先してするのは警察官、という国が山のようにあるのを、こういうことを言う人達は知らないに違いない。

「学生は3月卒業・終業なんだから、それまで待てばいいのに」という人もいます。
ごもっとも。ただ個人(それぞれの教師)の価値観の問題、つまり優先するのが「客(学生)へのサービス」か「自分の金」かは、他人がとやかく言うことではないでしょう。例えば、毎週通っていたお気に入りの店が赤字で廃業するからと言って、「残念」と感想は言うけど「守銭奴」と非難する人はいないでしょう。

さらに一歩引いて、
今回退職金の制度がこのように変わったことで、教師の不利益が発生して、教師は対抗手段を行ったわけですが、不利益が生じる人がいたなら、一方で利益を得る人もいたはずです(全員不利益だけなら、そんな変更実施しないでしょう)。
退職金の減額開始を2月に設定した人の頭の中に、「学生の卒業・終業は3月だから、それまで教師は辞めないだろう。その結果、減額される分は払わなくて済むぞ、ウマー」という考えが、ありませんでしたかね?
本当に教師を「聖職」と呼ぶほど尊敬しているならば、こういうセコい事をするなよ、と言いたい。それとも「聖職」と呼んであげるから、無私で頑張れって?実施時期を、お役所が大好きな年度末にするだけで、こんな問題生じなかったんですからね。なーんか意図があったんじゃない?と私は疑うんですけど。

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